2009年8月30日日曜日

8月30日(日) 大人気のダイアナ妃の追悼


Tom君の最近のお気に入り。パソコン。

パソコンをしていると、目の色を変えて、ハイハイしてくる。そのため、私のパソコンの設定が変更されてしまって、なんだか調子が悪い(笑


そこで、偽物を何故か見分けるTomのため、ハロッズのおもちゃコーナーで見つけていた子供用パソコン(だいたい5歳用)を購入。これで、きっと楽しくマイパソコンで遊んでくれるはず。



この12年前の痛ましい事故を思い出す、ハロッズの正面のウィンドーには、ダイアナ妃とその婚約者アルファイド氏(ハロッズの社長兼、パリのリッツホテルの所有者モハメド・アルファイド氏のご子息)の写真が。そこには、たくさん献花が。。明日で、ちょうど12年となる。



以下ウィキペディアより。

1997年8月31日にパリで、当時の恋人であるエジプト系イギリス人の大富豪のドディ・アルファイドとともにパパラッチに追跡された果てに、乗車したパリのリッツ・ホテルのメルセデスベンツS280のハイヤーがパリ市内のトンネル内で交通事故を起こし急逝した。36歳という若さであった。



事故現場で捜査に当たったパリの警察は否定しているが、「ダイアナ謀殺説」は根強く残っている。また、ダイアナと交際していた王室職員の事故死についても、「あれは殺されたのだ」とダイアナ自身が語ったテープが最近公表されたことから、イギリス検察当局も再調査を開始しており、チャールズ皇太子にも事情聴取が行われた。審問は2004年1月に開廷された。
捜査は2006年12月まで続けられ、ロンドン警視庁のジョン・スティーブンズ前長官が12月14日に約3年にわたる調査の結果を発表。「運転手の飲酒運転と無謀運転が事故の原因であり、殺害の陰謀はなかった」と暗殺説を否定した。同時に事故当時、ダイアナが妊娠していたとする説も公式に否定された。それでも一部には、「ダイアナ謀殺説」を信じている人々は存在している上、根拠に乏しい「説」をまるで事実かの様に報じるマスコミが内外に存在する。
2007年1月8日に、ダイアナの死因究明の審問が3年ぶりに再開された。検視官は2006年末の資料その他を基に、事故原因の特定を進めた。スティーブンス前警視総監は、「報告書が審問結果を予断しているわけではない」、と述べ、イギリス警察は、ダイアナの妊娠説とアルファイドとの婚約説をきっぱり否定し国民に報告した。しかし、アルファイドがダイアナへのプロポーズのために婚約指輪をオーダーした高級宝石店が、2人の近日中の婚約の予定を認め、その証拠としてアルファイドが婚約指輪をピックアップした瞬間の防犯カメラの映像と、その指輪の写真を世界中に同時公開した。
最終的に、ダイアナの乗った車は「無謀な高速走行による事故」と断定され、陰謀説は否定された形となっている。しかし疑惑を完全に払拭したとはいえないこともあり、「陰謀論」を唱える者が後を絶たない状況である。



というわけで、あれから12年が経つけれど、今も真相は闇の中。

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